【ハローあおい】振り返って40年、背伸びしたチャレンジ人生
今、気が向いた時に昔の写真を整理しています。
そうしたところ、セピア色した珍しい写真が出てきました。
40年程前の写真です。私がまだ27歳位の時ですが、珍しいのは私では、ありません。写真は、ある大手企業の40年前のコンピュータ室です。
バックに写っているのは、確かIBM360Model40と呼ばれた汎用コンピュータです。コンピュータ創成期のベストセラーコンピュータで、マニュアルの殆どが英語版の時代でした。
この頃から、これを真似した国産コンピュータが作られた、と思います。
驚くのは、このコンピュータのCPUメモリーが32キロバイトでした。そして、このメモリーはコアメモリーと言い、写真右側の青いボックスの中にズラーッと収まっていたことです。この箱が数個あった様な気がします。この他に磁気テープ、磁気ディスクと言った装置が所狭しと並んでいました。
今では、この1000倍程のメモリーがノートパソコンの中に入ってしまいます。
当時、私達はアセンブラーと言う言語でプログラムを書いていました。非常に、面倒で緻密な作業でした。プログラムをアセンブルすると16進数になり、これを実行しました。
その16進数から、逆にプログラムを読むことが出来ました。こうして16進数で表示したプログラムを修正しながら、テストしたりしました。
当時は、コンピュータが貴重なため、テスト時間が少なくて順番待ちで大変でした。そんな時代でした。とても、コンピュータを自分で持てるとは、夢にも思っていませんでした。
こう思うと今は、40年前とは隔世の感がします。まして、インターネットの時代になるとは・・・。
想像をはるかに超え加速度的なスピードで進歩していることを実感します。
これから先、どこまで進歩するのか、楽しみでもあり、怖さもちょっとあり・・・。
この流れの中で、私も何度か変身しました。プログラマー、SE、ソフトハウスの設立、手間賃収入からの脱皮、そして自社商品開発の夢へ、と気持とはうらはらに、能力以上に背伸びしたチャレンジの半生だったと思います。
特に自社商品開発の夢にチャレンジ出来た者は、同業の仲間内でも極少数でした。そしていまだに、そのチャレンジは進行形です。
最近は等身大で肩肘張らずに、あせらず休まず無理をせずあきらめず、に生涯現役で長生きすれば達成できる?を信条にチャレンジを続けるつもりです。
投稿日:2009年02月08日