【ハローあおい】空っ風にも散らない河津桜の枯葉に、未練なのか、執着なのか、と考えた

 久しぶりに、いせさき市民の森に行きウオーキングしていると、未だ残っている柿を小鳥が盛んについばんでいた。その先で、もくれんの冬芽が白く輝くのが新鮮に見えた。産毛に射す光線のせいかな、と近寄りよく観るとふっくらしている。越冬よりも咲き出す準備に入っているようだ。

 早春を予感するような気配に思わず笑顔になる自分が判った。

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柿の実を青空を背景に撮りたいと、構図を考え見上げる姿勢で撮ろうとしたが、地面に這いつくばっても無理なようだ。私同様のポンコツのデジイチの撮影なので無理せずに、パチリ。年齢と共に年々出来ることが減ってゆく。最後に自分自身すら無くなってゆく。これが年寄りが身近に感じる寂しさだろう。負けずにどこかで反骨精神を発揮しなければ、と想っている。

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 いせさき市民の森のシンボルは、河津桜。公園の中央にお椀をかぶせた標高差20~30mの丘がある。全面芝生で覆われ、南側一面にシンボルの河津桜が植わっている。
 その頂上付近の河津桜は、人気がありシーズンともなるとアマチュアカメラマンの絶好の撮影ポイントになる。
その河津桜の誰もいない師走風景を、パチリ。幹を傾げながら空っ風に耐える姿に、何とも言えないものを感じる。

 実は、散歩道から見上げた時に、この木だけ白い花が咲いているように見え、それに釣られて登ったのだが、よく観ると、脱色気味の枯葉だった。
 ふと、未練なのかな、執着なのかな、と散らない理由を考えた。が即座に、執着だ、と私は決め付けた。やり残していることがあるからに違いないと、共感していた。


投稿日:2018年12月18日

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